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写真拡大焼香を求める多くのファンで長い列ができた=25日午前、東京都港区の青山葬儀所 乳がんのため21日に亡くなったアイドルグループ「キャンディーズ」の元メンバーで女優、田中好子さん(享年55)の葬儀・告別式が25日午前11時から、東京・青山葬儀所で営まれ、キャンディーズのメンバーで女優の伊藤蘭(56)と、芸能界を引退した藤村(現・尾身)美樹さん(55)が、“お別れの言葉”として弔辞を捧げた。33年ぶりに3人が公の場で“再会”した悲しみのステージで、2人は親友に最後の別れを告げた。
 “スーちゃんカラー”の青色のじゅうたんが敷かれた斎場には黒いドレス姿で微笑む遺影。通夜に続き、葬儀・告別式にも多くの芸能関係者やファンら2000人以上が参列した。
 伊藤と藤村さんは「家族と一緒だから」と、田中さんの夫、小達一雄さん(56)から病院に呼ばれ、7時間もの間、病室で田中さんの名前を呼び続けて最期を看取っていた。その2人が、ありったけの友情と感謝を込めた弔辞を捧げた。
 ミキちゃんこと藤村さんは「スーさん、なんでそんなに早く逝っちゃったの? おばあちゃんになるまで集合写真をたくさん撮りたかった。私たちは永遠にキャンディーズだからね」。続いてランちゃんこと伊藤が、「3人のなかで一番甘えん坊だったスーさんが一番頼もしくなっているのに驚かされました。でも、一度だけでいいから3人でもう一度会いたかった。今はまだ、さよならは言わずにおきます」と遺影に語り掛けた。
 会場の外にモニター画面とスピーカーを通して2人の弔辞が流れると、ファンたちからすすり泣きが漏れた。
 2人とも気丈に弔辞を読んでいたが、席に戻るとこみ上げる感情を抑えきれずに号泣。親友を失った悲しみに体を震わせ、それが周囲の悲しみを誘っていた。
 出棺直前には突然の雨。ファンを濡らす涙雨となった。車列を見送ったファンクラブ「全国キャンディーズ連盟」のメンバーが「スーちゃん!」の掛け声に合わせ、青いテープを投げ入れ、祭壇では焼香の列が途切れることなく続いた。



http://news.livedoor.com/article/detail/5515321/
※この記事の著作権は配信元に帰属します


田中好子さん告別式 ファンら1000人以上が参列 ラン、ミキが別れの言葉
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110425-00000555-san-ent
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 ◇田中好子さん葬儀・告別式

 美樹さんは「私たちは永遠にキャンディーズだからね。ありがとう、スーさん。愛してるよ」と涙をこらえて遺影に語りかけた。

 明るくて妹分的なスーちゃん、華のあるランちゃん。アイドル時代、そんな2人の潤滑油的な存在としてグループをまとめ、歌でも一番難しいといわれるアルト部分を担当。“普通の女の子”に戻ってからは83年2月にソロデビュー曲「夢・恋・人」を発表したものの、同年4月に実業家の尾身善一氏(62)と結婚。以降は芸能界と距離を置き、主婦業に専念してきたため、四半世紀ぶりに芸能関係者やファンに届けた肉声となった。穏やかな優しい声はそのままだった。

 「なんでそんなに早く逝っちゃったの?」と恨み節から始めた弔辞。「おばあさんになるまで、恒例の集合写真をたくさん撮りたかったのに…スーさんがいないなんて寂しいよ」と続けた。

 数年前に田中さんからがんを知らされ、つらい闘病も見守ってきた。伊藤とともに臨終もみとった。「亡くなる当日も本当によく頑張ってくれましたね。ありがとう。私も蘭さんも、もう間に合わないかと思ったけど、3人がそろってからのあの数時間は奇跡でした」

 原稿用紙を持つ手が少し震えた。最後に声のトーンを上げ「また3人で歌いましょう。本当にキャンディーズは楽しかった。本当に私たちはスーさんと出会えて幸せでした」と締めたが、席に戻ると、隣に座った伊藤に抱きついて泣き崩れた。


http://news.livedoor.com/article/detail/5516590/
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田中好子さん夫「一気に悪くなった。悔しいと思ってるはず」
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110426-00000008-pseven-int
写真拡大アイドルから、しっとりした女優へ。これからの円熟が見たかった田中好子さん 元キャンディーズのメンバーで女優の田中好子さんの死は、1970年代に青春時代を過ごしたオトナに、大きな喪失感を生んだ。人気コラムニスト、石原壮一郎氏が想いを寄せた。
 あまりに突然の訃報でした。スーちゃんがいなくなってしまうなんて……。20年近くも病気と闘っていたなんて……。
 キャンディーズが活躍したのは、48歳の私が中学生のころでした。私にとっては、自分のお小遣いでレコードを買ったり部屋にポスターを貼ったりした初めてのアイドルです。解散直後には、入学したばかりの高校で「キャンディーズを偲ぶ会」を結成し、放課後の教室でその魅力を語り合いました。
 それからおよそ10年後、雑誌の編集者をやっていたとき、なんとスーちゃんにインタビューをさせてもらえることに! 何年か前に芸能界に復帰していた彼女が、女優として大きく飛躍するきっかけとなった映画『黒い雨』が公開されたときです。
 今、掲載誌を見ながら書いていますが、そうそう、この服で目の前に座ってくれていました。思ったとおりに控え目で清楚で美しい女性だったことや、憧れの人に会えて自分が激しく緊張していたことを思い出します。
 「俳優やってると、いろんな人になれますよね。それが楽しくてしょうがないんです」
 「キャンディーズは解散したけど、じゃあ、いったい何をやればいいのか、わからなくて悩みました」
 「私って、いろいろ考えたりしないタイプなんですよ。いつも、いまがいちばんいいと思ってるし、後悔もしない」
 当時33歳だった彼女は、そんなふうに語ってくれています。いろんな芸能人や俳優さんを取材させてもらいましたが、あんなに丁寧に、どんな言葉が適切かを探りながら誠実に答えてくれた人はいません。
 取材が終わって喫茶店を出たとき、私がスーちゃんのファンだと知っているカメラマンさんが気を効かせて、「田中さん、こいつと一枚いいですか?」と声をかけてパチリ。あたたかい微笑を浮かべてくれているスーちゃんとのツーショット写真は、一生の宝物です。緊張もしましたが、あんなに嬉しかったインタビューはありません。
 それからさらに20年以上の月日が流れました。テレビでスーちゃんを見るたびに、あの日見せてくれた仕事への真剣な想いと、さりげないやさしさを思い出していたものです。もちろん、これからも忘れません。キャンディーズのころの弾けるように踊っていた姿や歌声も、ずっと忘れません。ゆっくりお休みください。ありがとうございました。
 ■石原壮一郎(いしはら・そういちろう) 1963年三重県生まれ。コラムニスト。月刊誌の編集者を経て、93年に「大人養成講座」でデビュー。以来、世に大人ブームと検定ブームを巻き起こした。「大人の超ネットマナー講座」(ダイヤモンド社)など著著多数。



http://news.livedoor.com/article/detail/5515315/
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北海道出身14歳の中学生歌手・momoが、アニメ『もしドラ』EDテーマ「大好きだよ」でメジャーデビュー
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110425-00000319-devi-ent
写真拡大田中好子さんとの思い出を語る伊藤蘭
 21日に乳がんのため55歳で死去した、アイドルグループ「キャンディーズ」の元メンバーで女優の田中好子(たなか・よしこ、本名小達好子=おだて・よしこ)さんの通夜が24日、東京都港区の青山葬儀所で営まれ、芸能関係者ら約2400人が弔問に訪れた。

 グループのメンバーだった伊藤蘭(56)と藤村美樹さん(55)も参列。伊藤は「ずっと一緒に年を重ねたかった」と涙を浮かべた。キャンディーズ時代からのファンも焼香に長い列をつくった。

 式場の最前列に座った伊藤と藤村さんは、親族の次に2人そろって焼香。“3姉妹”の末っ子の早すぎる死に目はうつろ。にっこりとほほ笑む田中さんの遺影を数秒間見つめ、静かに手を合わせた。涙は見せなかった。

 「一番年下で甘えん坊だったのに、いつの間にか、強くて頼もしい女性になった。もう1回、3人で会いたかった…」

 田中さんの死後、ショックでコメントが出せず、この日初めて報道陣に対応した伊藤は唇をかんだ。関係者によると、通夜までの3日間、「ずっとふさぎ込んでいた。仕事が入っていなかったのが幸いだった」という。

 田中さんから乳がんの事実を知らされたのは3年前。「ショックでしたが、前向きなスーさんに逆に励まされた。ミキさんと心配していたんですけど…」と言葉を詰まらせた。

 「キャンディーズ」は人気絶頂だった78年4月4日、旧後楽園球場でのコンサートで解散。ただ3姉妹の絆は変わらず、定期的に食事会を開いて交流。伊藤と89年に結婚した俳優・水谷豊(58)がテレビ番組で「3人そろって外出できないから、場所はいつも決まって水谷家。ずっと楽しそうに話している」と明かしたこともあり、“普通の女の子”同士の友情で結ばれていた。


http://news.livedoor.com/article/detail/5515828/
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スーちゃん告別式、病床から肉声で遺言
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110426-00000030-sanspo-ent
写真拡大78年3月9日、サヨナラコンサート3日前、合宿トレーニングするキャンディーズ。手前が田中好子さん。後方左は藤村美樹さん、後方右は伊藤蘭
 ◇田中好子さん死去

 アイドルグループ「キャンディーズ」の元メンバーで女優の田中好子さんが乳がんのため55歳で亡くなって一夜明けた22日、同グループの仲間だった伊藤蘭(56)と藤村美樹さん(55)が25日の葬儀・告別式で弔辞を読むことが決まった。

 ランちゃんとミキちゃんがスーちゃんを天国へ送り出す。関係者によると、伊藤と藤村さんは通夜と葬儀・告別式のいずれも参列する予定で、葬儀・告別式で弔辞を読むという。伊藤はこの日、前日21日に引き続いて追悼コメントを出さなかったが、親友に贈るためのありったけの感謝の言葉を考えていたとみられる。

 藤村さんはキャンディーズ解散後、83年に歌手として一時的に復帰したが同年、実業家との結婚を機に芸能活動を休止している。

◇田中好子さん葬儀日程

【通夜】24日(日)午後6時

【葬儀】25日(月)午前11時

【場所】青山葬儀所=東京都港区南青山2の33の20=(電)03(3401)3653

【喪主】夫小達一雄(おだて・かずお)氏


http://news.livedoor.com/article/detail/5515761/
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オセロ中島 体調不良で休養
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110426-00000050-sph-ent
 21日に乳がんのため亡くなった人気アイドルグループ「キャンディーズ」の元メンバーで、女優の田中好子(本名・小達好子)さん(享年55歳)の通夜が24日、東京・南青山の青山葬儀所で営まれる。芸能界でも早すぎる死を惜しむ声が相次いでいるが、関係者は「当時のアイドルたちの同窓会葬のような形になるのでは」と話しており、ピンク・レディーら1970年代の芸能界を引っ張ったスターたちがスーちゃんに直接、別れを告げる光景が見られそうだ。
 田中さんの突然の悲報に接し、別れを惜しむ声が後を絶たない。キャンディーズの残ったメンバー、伊藤蘭(56)、すでに芸能界を引退している藤村美樹さん(55)が参列することは決まっているが、同時期に芸能界で活躍したスターもそろって姿を見せそうだ。
 この日、通夜と25日の告別式会場となる東京・港区の青山葬儀所では、音響の設置など設営が進められた。当日はキャンディーズ時代の楽曲を流して、故人をしのぶ予定だという。ある関係者は「(最後の別れには)当時、人気を二分していたピンク・レディーも来るでしょうし、アイドルの同窓会葬のような感じになるのではないでしょうか」と説明。多くのスターが弔問することを想定している。
 キャンディーズがレコードデビューしたのは1973年。同期には芸能界を引退した山口(現・三浦)百恵さん、桜田淳子さんをはじめ、浅田美代子、あべ静江、フィンガー5らがいる。70年代はアイドル全盛期であったが、キャンディーズの最大のライバルといわれたのが76年にデビューしたピンク・レディーだ。メンバーのミーこと未唯mieは22日に会見を開き、訃報にショックを受けたことを明かしているが、当時、テレビのバラエティー、歌番組などで共演した多くの旧友が直接、別れを告げに足を運ぶ可能性が高い。
 残ったメンバーの伊藤、藤村さんは告別式で故人に思いを込めたメッセージを伝える予定。一世を風靡(ふうび)したアイドルの最後にふさわしい、しめやかながらも、絢爛(けんらん)な葬儀になりそうだ。
 ◆葬儀日程
▼通夜 24日午後6時
▼葬儀・告別式 25日午前11時
 いずれも東京都港区南青山2の33の20、青山葬儀所で。喪主は夫・小達一雄(おだて・かずお)さん



http://news.livedoor.com/article/detail/5512528/
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スーちゃん「同窓会葬」ランとミキが告別式でメッセージ…24日・田中好子さん通夜
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写真拡大人気アイドルグループ・キャンディーズの元メンバーで女優の田中好子さんの通夜で、「もう1回3人で会いたかった」と別れをしんだ伊藤蘭 (C)ORICON DD inc. 今月21日に乳がんで亡くなった人気アイドルグループ・キャンディーズの元メンバーで女優の田中好子さん(本名・小達好子 享年55)の通夜が24日、東京・青山葬儀所でしめやかに営まれ、田中さんと生前親交のあった著名人1600人とファン800人の計2400人の弔問客が訪れた。同メンバーだった女優の伊藤蘭は「もう1回3人で会いたかった」と別れをしのび、涙ぐんだ。

【写真】田中好子さんの遺影が飾られた祭壇

 伊藤が田中さんの病を知ったのは3年前だったが、「1ヶ月前に病院に呼ばれて、その時に長くないと言われた。それから、ミキちゃん(藤村美樹さん)とは週に1回は病院に行こうとと約束して、3、4回は足を運んだ」と報告。田中さんが亡くなった21日も“家族の一員”として付き添っていたといい、「最後を看取った。私たちは名前を呼んでるだけだったけど…」と言葉を詰まらせた。

 1978年の解散以降、3人での再結成は叶わなくなったキャンディーズ。伊藤は「もっと一緒に、ずっとそばで年を重ねていたかった。スーちゃん(田中さん)は一番年下で甘えん坊だったのに、いつのまにか頼もしい女性になっていた。解散した直後に旅行に行ったけど、それから行けなかったので行きたかった。美樹さんとしっかりしようねと励ましあってるけど、悲しい」とうつむいていた。

 喪主で夫の小達一雄さんは「最愛の友、伊藤蘭さん、藤村美樹さんにめぐり合い、キャンディーズ時代、女優時代と充実した時を過ごさせていただきました。好子を愛してくださったファンや関係者には感謝しています。本人の最後の望みは女優を続けたい、女優として復活したい、皆さんに恩返ししたいでした。女優・田中好子としての第一章は幕を閉じましたが、第二章はみなさんのご厚情を受けながらスタートさせたい」とあいさつした。

 祭壇は、映画『黒い雨』の美術監督を務めた稲垣尚夫氏が、田中さんの明るいイメージを色とりどりの花で演出。遺影は、来年のカレンダー用に2、3年前に撮影された写真が使用された。また、棺や会場に敷かれたじゅうたんは、キャンディーズ時代のイメージカラーだった青色が使われた。戒名は春芳院妙純日好大姉。

 田中さんは、1973年に伊藤蘭、藤村美樹さんと共にキャンディーズを結成しデビュー。1978年に解散したが、1980年に芸能界復帰。1989年に公開された映画『黒い雨』でブルーリボン賞主演女優賞を受賞するなど、女優として幅広く活躍した。また、厚生労働省の公衆衛生審議会委員、国立国際医療センター顧問、エイズ予防財団・日本エイズストップ基金運営委員なども務め、医療活動の推進にも努めていた。


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http://news.livedoor.com/article/detail/5513320/
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水嶋ヒロ、ファンに「申し訳ない」
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